「普通とはなにか」をチワワが教えてくれた
小さくて、毛がふわふわな子もいれば毛の短い子もいて、真ん丸な目が可愛い。
多分ほとんどの人がそんな犬を浮かべたのではないでしょうか。
「小さくて可愛い犬」
それがチワワに持っていたイメージ。
そしてそのイメージは一般的な、大多数が浮かべるイメージと変わりはなかったはずでした。
そのイメージを見事にひっくり返してくれたのが、我が家にやってきたチワワでした。
私を含めて家族はみんな犬好き。
とくに祖父は、犬に好かれまくる人でした。
祖父が歩けばどこに飛んでいきそうな勢いで尻尾を振り、飼い主を引っ張りながら犬が近づいてくる、とにかくかまってくれとお腹を見せる、脱走した犬が祖父の元に一目散に飛び込んできて甘える。むしろ祖父に会いに脱走してくる(そしてその犬を祖父が返却しに行く)
「家族以外には唸ったりして懐かないうちの子がお腹見せるなんて…!!」
飼い主を驚かせたことも一度や二度ではなく、とにかくもう犬にめちゃくちゃモテていました。
そんな犬好きな我が家は色々な事情でこれまで犬を迎えることはなかったものの、これまた色々な縁やできごとが重なりに重なって、チワワを家族に迎えることになりました。
「ラストで君は「まさか!」と言う 真夜中の動物園」に書いた話の中には、実はチワワもキャラクターとして登場していました。
けれど、その時は「チワワって土地の名前から来てるんや」と参考に調べた中で初めて知った知識に「へぇ~」と思ったくらいで、チワワが家に来るとは夢にも思っていませんでした。
そんな感じで我が家にやってきたチワワですが、家にやってきてしばらくは表情が「無」でした。無表情でも可愛いことには変わりないものの、もうとにかく無。
ごはんをあげても、抱っこしても、トイレをしても……何をしても「無」。
とにかく無表情で何を考えているのかわからない。
今から思えばこの世に生まれて数ヶ月で親と離れて全く知らない場所、それもよくわからない人間という生き物がいる場所に連れて来られて「ここが今日からあなたのハウスよ!」なんて言われれば無になるのも当たり前なんですが、正直心が折れそうに……いや、少し折れていました。
のちに育犬ノイローゼなるものがあると知りました。
どうも片足を突っ込んでいたようです。
「待って。チワワって、もっと表情豊かな生き物じゃなかったっけ。
……チワワって、こんなに無表情やっけ……いや、あんたが言うななんやけど」
当時はとにかくそんな感じでした。
こちらも犬を迎えるにあたって色々な勉強はしているものの、無表情なせいで何が嫌なのか、何が気に入らないのか、何が悪いのかもわからない。
「英語でもいいから話して! 英語ならスマホとかで翻訳できるから!」
犬に対してあんなことを言うのは、後にも先にもこの時だけだと思います。
トレードマークのキリッとした可愛らしいマロ眉効果もあって、さらにわからない。
「マロ眉があるから表情が固定されているのかも」
そんな無茶苦茶なことを考えて、試しに指でマロ眉を隠してみたものの、やっぱりわからない。そして、そんな時でもやっぱり無表情な犬。
吠えない子だったこともあって、何を考えているのかどころか喜怒哀楽がわかりませんでした。
我が家に来たことが、この子にとっては表情をなくすくらいに嫌だったのかもしれない。
本気で悩みに悩んでいた中で転機となったのは「ベッド破壊事件」でした。
穴の開いたベッドの周りに散らばる綿。
それを見て思ったことは「綿の誤飲」。
すぐさま病院に連れて行きました。
暑い夏の日中だったから、キャリー越しに氷を当てて熱中症にならないようにだけ気を付けて、キャリーを担いで汗をかきながら、とにかく病院に向かって歩きました。
病院に着いて受付をすますと「大丈夫ですか?」と顔色の悪さに飼い主である私がひどく心配されました。優しい……ちなみにこの時の看護師さんはチワワの大好きな看護師さんです。
会うたびにしっぽの勢いが半端ない。
さいわい綿の誤飲などもなく、病院の先生達にかまってもらって上機嫌なチワワが入ったキャリーを再び担いで家に歩いて帰りました。
帰り道もひどく暑かったけれど、それでも何事もなかったことに心底ほっとしました。
そして、この日を境に表情がコロコロと変わるようになりました。
信頼できる人間かどうかをずっとうかがっていたらしく、暑い中、汗だくだくになりながら病院に担ぎこんだことで、この子は私達を「信頼できるやつ」と判断したようです。
表情が出るようになるとともに、意思もしっかりと示すようになりました。
とにかく人間や他の犬が好きで「好き」の勢いがよすぎて他の犬に引かれる。
家族だけで話していると「自分も入れてよ!!」と吠える。
自分も一緒じゃないと嫌だけどひとりの時間もほしい。
いっぱい撫でてもらって抱っこされてかまわれるのが好き。
もうとにかく表情豊かと言うか、今まで我慢していた表情が一気に放出されるとともに、この子がどんな子なのかもわかるようになっていきました。
「意思強系チワワ」
一言であらわすと、我が家の子はそんな子。
親馬鹿と言われるかもしれないですが「ワガママ」とはまた違うものです。
そして意思強系チワワはすくすくと育ち、3キロになりました。
断っておくと太り過ぎではないです。
お医者さんからも「太っていない」と言われています。
元々体格がよくて大きめな子で、どうやらご先祖様に大きめな子がいたようです。
そのせいか、散歩に行くとよく「何犬ですか?」と聞かれて、チワワと答えると驚かれます。
下半身が筋肉質でがっちりしているのもあって、どちらかというと小さい黒柴っぽい。
でかさといい、動きといい、ご先祖にはご主人と一緒に森駆け回ってた子がいるに違いない。
何度チワワについて調べても「愛玩犬」となっているのが、この子を見てると不思議でなりません。
この前は小さい子が「……チ、チワワ……?」とうちの子を見てひどく困惑し、その子のお父さんは「チワワ……かなぁ……」と子供以上に困惑していました。
すみません。チワワであってますよ、お父さん。
こんな感じで、うちのチワワはチワワっぽくありません。
小さくないし、顔も丸っこい感じではないし、毛はふわふわと言うよりもさもさ。
多くの人が思い浮かべる普通のチワワとは違うであろう、うちの子を見ていて「普通とはなんだろう」とふと考えて、そしてこう思いました。
この子にとっては、他の子よりも大きめで、もさもさしていることが「普通」なんだ。
出てきたふわふわした思いは、私がずっとどこかで探していたことへの答えとしても、なんだかひどくしっくりくるものでした。
「すごいなぁ」と思わずつぶやいた私に、一種の悟りを与えた当の本犬は不思議そうに首を傾げていました。可愛い。
「チワワを頭の中に浮かべてください」
これから先にそう言われることがあれば、私の頭の中に浮かぶのは大きめで、もさもさしていて意思が強い、普通とは少し違うチワワが真っ先に浮かぶのだろうと思います。
それはもう「だろう」と言うより、もはや確定に近い気もしますが、私の身近にいるチワワはそれなのだから、もうそれでいいんじゃないかなと思っています。
「この子は我が家に来るべくしてきた子なのかもしれない」
そう家族と話していると「ワン!」と吠えて、尻尾を振りながら「そうだ、来てやったんだぞ!」と言いたげに誇らしげな顔をするので、おそらくそうなのでしょう。
そして「前はあんなに無表情やったのになぁ~」と言うと、すぅっと私から視線を反らすので、無表情だった自覚はあるらしいです。
我が家のチワワは今日もご機嫌でマイペースに、時に私達を振り回しながらも、それなりに楽しく過ごしているようで。
そんな普通の日を、私はとても愛おしく思うのです。