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月と常夜灯

常夜灯系作家・結来月ひろはの公式サイト

初めて他人に小説を書いていると話した日の話


 それはとても暑い日でした。

普段ならクーラーがききすぎて寒いはずの大学の教室にいる私の背中には汗が伝っていました。

あの頃の私は自分のことを他人に話したり、自己アピールをしたりするのが本当に苦手で苦痛で。

自分が書いた書類などを元に自分に関することを話さなければならない「就職対策」として設けられた1時間がひどく憂鬱でした。

私の書類を見てくれることになったのは「真面目で厳しそうな」という言葉がこれでもかと言うほど似合うおじいちゃん先生。

「きっと色々と駄目出しされるんやろな」
始まる前から諦めて、ボロカス言われていいから早く終わってほしいと思っていました。

始終駄目出しで終わると思っていましたが、始まってみる先生は穏やかな人で「ここをこうした方が、もっとよくなるよ」とアドバイスをもらい、ボロカスに言われることはなく、ほっとしました。

思いのほか穏やかに時間は過ぎ、このまま終わればいいなと思っていた時に、先生の目がとまったのは自己アピール欄でした。

どう自己アピールを書いていいのかわからず「そもそも己にアピールできるようなものなど何もないわ!」と空白で出したかったものの、そういうわけにもいかず、なに書いたかもわからないくらい、適当に無難なことを書いていたように思います。

「なにかあなたが頑張ったことはないの?」
自己アピールを見た先生は、私を見てそうたずねました。眼鏡越しに、まっすぐに先生は私を見ていました。

ないですありません、すみませんと。
この時の私ならそう言っていたはずです。

それなのに、どうして馬鹿正直にあんなことを言ったのかは、今の私にもよくわかりません。

「……小説を、書いてます」
気づけばそう答えていて、そしてすぐに後悔しました。

もっとまじめに就職について考えなさい。
現実を見なさい……。

そんなことを言われるとばかり思っていましたが、先生から言われた言葉は予想外のものでした。

「へぇ、小説を! 書いてるのは長編? 投稿とかしてるの?」
「長編です、投稿は一応……」
「ちなみにどんな話を投稿したの?」
「………吸血鬼が主人公で、平安時代が舞台の、歴史ファンタジー、みたいなものです……」

ライトノベルというジャンルを知っているかどうかわからない、小説を執筆していることや投稿していることに対して肯定的か否定的かわからない人に、こうした話をするのは正直嫌でたまりませんでした。

この時、私が小説を書いて投稿していることを知っていたのは家族だけで、他人にこのことを話したのは先生が初めてでした。

今から思うと先生は本が好きだったのかもしれませんが、この時の私はまさかこんな反応が返ってくるとも思わず「え、なんなん……」「どんなん書いてるとかも言わなあかんの……」とひどく戸惑っていました。

先生が思う小説というのは、先生の年齢的にも文学かもしれない。それなのに吸血鬼だの歴史ファンタジーだのと答えてしまった自分はどんなふうに思われるだろう。

正直に答えた自分が馬鹿みたいに思えて、どんな反応が返ってくるのか恐くて。

先生からの反応を待っている時間が長く感じられて不安や沈黙に押しつぶされそうで、背中には汗が伝い、胃がぎゅっと縮み上がっていました。

「すごいなぁ……それに平安時代に吸血鬼って面白そうやね」
「はあ……」

先生の言葉に、私はきっとひどく間抜けな顔をしていたと思います。

先生はやりたいことがあっても実際に行動に移せる人はなかなかいないと話して、最後に言いました。

「自分のやりたいことがあるなら諦めたらあかんよ。小説を書いてるなら続けなさい。僕は続けてほしいなぁ」

先生からの言葉は、今でも大事な言葉のひとつになっています。

この時の先生は外部から就職対策のために来ていた先生で名前はわかりません。

もう一度会えたら嬉しいけれど、それは難しいことで。それでも私が心から「先生」と呼ぶ人のひとりです。

先生、あの日、やりたいことがあるなら諦めたら駄目だと。小説を書くことを続けなさい、続けてほしいと言ってくれてありがとうございました。

私は今も諦めずに小説を書いています。
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